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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)172号 判決 1962年10月30日

原告 藤井栄一

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三三年抗告審判第二七五号事件について昭和三六年一〇月一九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、特許庁長官に対し昭和三一年六月二日「おぼろ昆布の製造法」について特許出願し、昭和三二年一二月一〇日拒絶査定を受けたので、これを不服とし、昭和三三年二月一四日同査定について抗告審判を請求し、昭和三三年抗告審判第二七五号事件として審理された結果、昭和三六年一〇月一九日右抗告審判の請求は成り立たないとの審決があり、同審決の謄本は、同月二五日原告に送達された。

二  原告の本件出願にかかる発明(以下本願発明という。)の要旨は、「昆布片を交錯せしめて適宜の貼着料をもつて貼着して任意の厚さの方形版状体となし、この方形版状体をその上面より適宜の削り具をもつて平板状に削ることを特徴とするおぼろ昆布の製造法」にある。

三  (審決の理由の要旨)

審決は、特許第八九九三四号発明「削昆布製造法」(以下引用例という。)を引用し、これと本願発明とは、ともに「昆布片を貼着料をもつて多数貼着し部厚昆布板を形成して、この昆布板を削り、削昆布を製造する点において一致し、ただ引例には本願方法のごとく昆布片を交錯して貼着することの記載のないこと(「の記載のないことの」八字は審決に脱落したものである。)ならびに削るに際し本願方法においては昆布版の上面より削るのに対し引例では側面より削るごとく記載している点が相違するのみである。しかしながら、この程度の差異は原料昆布の形状ならびに目的とする製品たる削り昆布の形状によりこの引例より容易に変更実施しうべき程度と認められる。」とする。

四  (審決違法の事由)

本件審決には、つぎのとおり事実を誤認し、特許法の解釈を誤つた違法があり、その取消を免れない。すなわち、

引用例における発明の構成必須要件は、

(1)  昆布粘液よりなる糊、こんにやく粉およびゼラチンを混合したものを昆布面に塗布、乾燥を行うこと

(2)  前記の昆布を適宜枚数重合し加熱乾燥し、その温みのある間に順次強圧し、冷却するまでの間圧搾して接着固定すること

(3)  この重合体を適宜截断し、その截断後の昆布板の側面を削成するものであること

にある。そこで、これらの三つの要件をすべて具備する発明は、新規なものということができないし、また、三つの要件のおのおのから推定される一定の技術の範囲は「容易に変更実施しうべき程度」のものと認められ、その限度で前記三つの構成要件の範囲が拡大されるけれども、その場合でも基本的には右三つの要件をすべて備える発明だけが新規性を失うのであつて、新規性の存否は、必ずこの三要件の存否の点から判断されなければならない。

ところが、本願発明の構成必須要件は、

(i) 昆布片を交錯、貼着することによつて版状体を形成させるものであること

(ii) 右の版状体を形成させることにより、これを平版状に削ることを可能ならしめ、所望の「おぼろ昆布」を製造するものであること

にあり、従来、おぼろ昆布を製造するうえで、昆布の断片や雑片がまつたく使用に堪えなかつたのを、平版状に交錯貼着することにより、その利用面を新しくひらいたものであり、これと従来の単に平板状の板昆布を削るかまたはこれを数枚重ねて削る技術とはまつたく別個の発明思想にもとづくものである。そして、本願発明において、昆布片を交錯貼着して任意の厚さの方形版状体とすることは、その削られた単片が握り飯またはすし被覆用に用いられうるような大版のものであることが出願当初から明らかでありこのような大版の方形版状体を構成すべく、被告のいうように不定形にして、またその厚さも中央部と両側縁部が明らかに異なる昆布を積層重合貼着する場合に必然的に得られる状態であるのに対し、一方、引用例においては、何枚かの昆布片を重合接着しはするが、その明細書の図面(甲第三号証)に示されているように全然交錯した状態にはなつていないのであつて、これによつてみても、昆布を重合すれば必然的に交錯するものでないことが明らかである。なお、右の交錯して貼着することは、上述のように大版の単片を作ること、さらには断片や雑片をも適当に組み込んで版状体を作ることから、得られることなのであるから、右のように大版の単片を作ることおよび断片や雑片を組み込んで作ることと相まつて、本願発明出願当時から明らかにされていたことに属する。

また、本願発明においては、昆布の平版体を上面から削るのに対し、引用例においては、その登録請求の範囲に明示するとおり側面から削る。これは、両者における明らかな差異である。しかも、引用例においては、ほぼ同形の昆布を一二、三枚重合して後、これをきわめて小型のブロツクである昆布板(2)に截断するのであるから、このような小型のブロツクは、表面より適切に削ることはほとんど不可能であろう。したがつて、引用例において、側面より削ることに格別の意義がないということはできないし、上面より削るか側面より削るかが任意に選択できるものでもない。本願発明は、上述のように大版の単片をもつて握り飯またはすしの被覆用にしうるおぼろ昆布を得るという新しい技術思想にもとづくもので、このように大版であるから上面より削りうるのであり、この点にも新規性が認められる。

本願発明は、右によつて明らかなとおり、引用例の前記三つの構成必須要件(1)(2)(3)の技術思想のいずれとも関係がない。すなわち、要件(1)がまつたく関係のないことはいうまでもなく、要件(2)は、同(1)でいう特別な接着料による接着操作をいうのであるから、これもまた関係がなく、要件(3)は、重合体を截断し(「適宜」とあるが、この「適宜」は寸法が適宜という程度のものであり截断が不可欠の要件をなしていることは明らかである。)截断後の昆布板を側面から削るということであつて、もちろん本願発明と関係がないところである。

さらに、本願発明は、従来の削り昆布の製造法と異なり、昆布の断片、雑片を交錯貼着させることにより昆布の平版体を形成しこれをその平版上面から削るものであるから、従来のもののようにあらかじめ板状昆布を選択してこの板昆布を貼着しその側面を削るという技術とまつたく異なつた作用効果を有する。すなわち、本願発明においては、(a)その製品である単片が従来のおぼろ昆布では思いもつかなかつたような握り飯またはすしの被覆用に供されるという作用効果を得ているし、(b)おぼろ昆布製造工業として断片、雑片のような屑片を発生させることがないという特段の作用効果を挙げ、(c)加えて、厚さほぼ一定の版状体の上面から削るのであるから、削り作業が的確に行われうるし、(d)また、美麗な製品が得られる。一方、引用例においては、(イ)昆布を截断してこれを側面から削るのであるから、きわめて小さい単片しか得られず、(ロ)ほぼ同形の昆布片を一〇数枚ずつそろえること自体困難で、当然屑が出ることになり、また、その截断により少くとも両端部から屑が生じ、さらにその截断ブロツクを削つた場合削り残りが必ず生ずるので、三重に屑材が出て非常に不経済であるし、(ハ)側面より削るに当り昆布の側面は曲面をなすのが通例であるから、削り作業に困難があることが明らかであり、(ニ)本願発明のものと比し製品の美麗さにおいて劣ることは一見して明らかである。

したがつて、本願発明は、引用例から旧特許法(大正一〇年法律第九六号)第四条第二号に該当し新規性を欠くものということができないから、これを新規な工業的発明でないとしてした審決は、右条項の解釈適用を誤つたものである。

よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第三被告の答弁

一  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

二  請求原因第一ないし第三項の事実は認める。

同第四項の点は、原告が引用例および本願発明の構成必須要件として掲げている点を認めるほかは、争う。

(一)  従来、昆布の利用範囲は、きわめて広く、食用として使用できない断片や雑片が出る場合はきわめて少く、断片や雑片を使用して加工を施す場合、その加工法自体に新規性がないときは、単なる廃物利用の範囲を出ない。しかも、本願発明の明細書の図面によつてみれば、引用例に示された昆布とほとんど同じ帯状昆布が示されているばかりでなく、おぼろ昆布製造上使用に耐えなかつたものを利用しているとは、およそ考え及ぶことができないうえ、その明細書中にも断片や雑片を使用するとの記載は、まつたくないのである。一歩ゆずつて、従来使用に耐えなかつた断片や雑片が利用できたとしても、このような断片や雑片を一つ一つ貼着剤で貼着して方形版状体とするのでは、相当の手数を要することになり、これでは製造方法として効果のあるものとはならないし、さらに実際の製造に当り手数のかかる断片や雑片を使用するかはきわめて疑わしく、本願発明の図面が帯状昆布で示されているところからみても、それが容易に推察できる。したがつて、原告の従来おぼろ昆布製造上使用に耐えなかつた断片や雑片が使用できるとの点についての主張は、まつたく一方的な見解であり、何らの意義があるものでもない。

(二)  本願発明において、その構成必須要件(1)は、昆布片を交錯貼着して任意の厚さの方形版状体とすることであるが、昆布片をどのように交錯して貼着するものか具体的に明らかにされていない。昆布の断片や雑片を使用する点よりすれば、その形はきわめて不定形のものであるから、これを方形版状体とするためには、各層に何枚かの昆布片を使用することになり、その各層の昆布片が交錯した状態にあることを示すものと推認されるが、この場合は必然的に交錯するものであり、むしろ、断片や雑片を使用して交錯しないように方形版状体とすることの方がきわめて困難なことである。引用例においては、従来使用に耐えなかつた断片や雑片を一つ一つ貼着して方形版状体とするのでは、上述のとおり、相当の手数を要することになるので、あえてこのような複雑な方法を採らず、一枚ずつ重合すれば足りる昆布を使用した結果を示しているに過ぎない。しかも、昆布の断片や雑片をことさらに使用し交錯して貼着することに格別の作用効果はないのであり、まして、これが昆布の断片や雑片を重合貼着する場合に必然的に得られる状態であるとするにいたつては、この点に新規性を認める根拠はまつたくありえない。してみれば、右要件(1)は、「昆布片を貼着して任意の厚さの方形版状体とすること」と変らない。「交錯」には、特別の意義が認められず、新規性を装うためのものとしか解せられない。

また、引用例は、昆布の接着剤および接着方法に特定の技術手段を施しているのに対し、本願発明では、普通に知られた接着剤を使用し、接着方法も単に接着剤で接着するものであり、接着剤および接着方法に何ら特別の技術手段が施されてなく、もちろん進歩性もないから、この点においても、右要件(1)については新規性を認める根拠はない。

(三)  本願発明の構成必須要件(2)は、右の方形版状体をその上面より適宜の削り具で平版状に削ることであるが、引用例においても、方形版状体を削るのであつて、しいて相違点を挙げれば、本願発明では上面より削るのに対し引用例では側面より削る点と本願発明では平版状に削るのに対し引用例では特に平版状にすると規定していない点とである。けれども、引用例においては重合貼着した昆布をたまたま適当の大きさに截断してから削るとされてはいるが、上面から適切に削ることが可能のような適当の大きさに截断することも、引用例発明の請求の範囲外であるとしなければならない理由はなく、また可能であるから、原告のいうように、上面から適切に削ることがほとんど不可能とは考えられない。したがつて、引用例の特許請求の範囲に昆布板の側面を削るように記載されていても、引用例は、その明細書(甲第三号証)の記載に徴して明らかなように、側面から削ることに格別の意義をもつているものではないというべく、一方、本願発明についても上面から削ることに意義があるものと認むべき根拠がないから、上面より削るか側面より削るかは任意に選択できる程度のことに過ぎない。さらに、引用例には平版状に削ると特に規定していないが、その明細書および図面よりして、平面状に削ることは明らかであるから、実質的には本願発明におけると差異がない。原告は本願発明が大版のおぼろ昆布を得るものであると強調するが、その特許請求の範囲には、大きさについての規定はなく、引用例とこの点で区別がない。たとえ、大きさを規定したとしても、引用例においては適宜の厚さ適宜の大きさと規定しているのであるから、何ら意味を有するにいたらない。したがつて、本願発明は、引用例から容易に変更実施しうべき程度のもので新規な発明を構成しない。

(四)  昆布を版状体に貼着して削るという発明思想は、本願発明も引用例もまつたく同一であり、この発明思想を具体化する技術手段において「容易に変更実施しうべき程度」と認められる範囲の相違があるに過ぎない。たまたま、本願発明が二つの構成要件から成り、引用例が三つの構成要件から成つているのは、上述のように、引用例においては、昆布を貼着して方形版状体とする際に昆布の接着剤および接着方法に特定の技術手段を施しているのに対し、本願発明においては、接着剤および接着方法に考慮が払われていないことによるものである。

(五)  つぎに、本願発明における原告主張の作用効果(a)ないし(d)についてみるのに、(a)の点、すなわち、本願発明のおぼろ昆布が握り飯またはすしの被覆用に供されるとの点は、その著しい作用効果とはとうてい考えられない。原告は、引用例では小さいものしか得られないとしているが、引用例では大きさについては適宜としているのであるから、必要に応じすし等の被覆用にしうる程度のものでも任意に作りうるし、一方、本願発明も大きいものしか作らないと決められているのではなく、その明細書にも「例えば乾海苔の代用として……」と記載されているように、乾海苔の代用とするのは一例に過ぎない。してみれば、右作用効果は、格別取り上げられるほどのものではない。(b)の点については、すでに述べたように、製造に手数のかかる断片や雑片をわざわざ使用するとは考えられないし、明細書の図面を見ても、およそ断片雑片と思われるものは使用されていないばかりでなく、断片雑片はもとより普通の昆布を使用しても、屑片を発生させることなく方形版状体を作れるものではないから、引用例と差異があるはずがない。(c)の点については、本願発明においても引用例においても、ともに方形版状体であるから、上面から削るのと側面から削るのとで、作業上適不適が生ずるわけがない。また、(d)の点については、本願発明のものが引用例のものより美麗であるという根拠が明らかでないばかりでなく、美麗であるかどうかは見る人の主観によるから、そのような客観性のない主観にもとづくものを発明の作用効果として取り上げること自体にすでに誤りがある。いずれにしても、本願発明には格別の作用効果がない。

(六)  以上により、本願発明が引用例と対比して新規性を有しないことを明らかにしたが、仮に、本願発明が新規性を有するとしても、本願発明は、つぎのとおり、旧特許法第一条の発明を構成しない。すなわち、まず、本願発明と引用例とを、昆布片から方形版状体を形成する工程について対比してみると、本願発明において昆布片を交錯させる点に何ら意義もないことはすでに述べたとおりであるから、差異があるとすれば、引用例が昆布片の接着剤および接着方法において特定の技術手段を施しているのに対し、本願発明が適宜の接着剤を用い適宜の方法で接着し接着剤および接着方法に何らの特定技術手段を施していない点においてだけである。このような差異に関しては、本願発明が引用例から容易に推考できることは、明らかである。つぎに、両者を削成工程について対比してみると、方形版状体の大きさには両者間に区別できる条件の規定がないことは、すでに述べたとおりであるから、両者間には、本願発明が上面より削るのに対し、引用例は側面から削ると規定された点で差異があるに過ぎない。しかして、上面より削ることと側面から削ることに何らの意義も格別の作用効果もないことは、すでに述べたとおりであるから、本願発明の削成工程も引用例から適宜行うことのできる範囲に属する。したがつて、本願発明は、引用例からきわめて容易に推考できる程度のものであつて、旧特許法第一条の発明を構成しない。

原告の本訴請求は、理由がない。

第四証拠<省略>

理由

一  特許庁における審査および審判手続の経緯、審決の内容、本願発明の要旨に関する請求原因第一ないし第三項の事実ならびに本願発明および引用例の各構成必須要件が原告主張のとおりであることは、当事者間に争がなく、引用例の発明が昭和五年三月一一日出願、昭和六年一月二〇日特許にかかるものであることは、成立に争のない甲第三号証(引用例の特許公報)により明らかである。そこで、本願発明が引用例と対比して新規な工業的発明を構成するかどうかについて、以下に判断する。

二  本願発明の要旨は、「昆布片を交錯せしめて適宜の貼着料をもつて任意の厚さの方形版状体となし、この方形版状体をその上面より適宜の削り具をもつて平版状に削ることを特徴とするおぼろ昆布製造法」にあるところ、前示甲第三号証によれば、引用例の発明の要旨は、「昆布の水浸によりて得らるる昆布粘液よりなる糊に少量のこんにやく粉およびゼラチンを添加攪拌したるものを昆布面に塗布しその表面乾燥せる後、これを適宜枚数重合し加熱乾燥しその温みのある間に順次強圧する圧搾工程に移しよく冷却するまでの間圧搾して接着固定したる後、適当の大きさに截断したる昆布板の側面を削成して製品を得る削昆布製造法」にあることが認められる。

(一)  そこで、両者を比較してみると、両者は、材料である昆布片を接着剤(貼着料)をもつて多数貼着し部厚昆布板を形成したうえ、この昆布板を削り、削り昆布を製造する方法である点において、一致していることが認められる。

けれども、進んで、成立について争のない甲第一、二号証(本願発明の明細書および図面)により、本願発明について考えてみると、その明細書中発明の詳細な説明の項には、実施例として「任意の種類の昆布(1)を順次重積交錯せしめて………数十枚圧着貼着し………縦約20cm、横約15cm、厚さ約10cmの各部ほぼ同一厚さの方形版状体(3)となし、このような方形版状体(3)をその上側面(4)より………平版状に削り取るものであり、このようにして得られたおぼろ昆布は、………縦、横の長さは上記方形版状体の長さをほぼそのままに有し、………」と記載され、また、「本発明方法は上記のようになつているから昆布片を貼着することにより一定の大きさを有する方形の版状体を得ることができ、該方形版状体は昆布片(1)自体の厚さが不均一なるにかかわらず、それらが重積交錯せしめられて各部の厚さほぼ一定となり、………大版の方形版状体自体の広さをほぼそのまま保持する………おぼろ昆布を確実に削り取ることができる」と記載され、これらを受け、その集約として特許請求の範囲の項に及び、本願発明が「本文所載の目的において本文に詳記し図面に示すように昆布片を交錯せしめて適宜の貼着料をもつて任意の厚さの方形版状体となし、この方形版状体をその上面より適宜の削り具をもつて平版状に削ることを特徴とするおぼろ昆布製造法」と規定されるにいたつていることが認められ、これによれば、本願発明は、その特許請求の範囲において、材料である昆布片を多数順次重積交錯貼着し、その昆布片より大きい任意の大きさとほぼ均一の厚さの方形版状体とし、その方形版状体を上面よりほぼその大きさのまま平版状に削り、おぼろ昆布を製造することを特徴とする技術思想を基本としていることが明らかである。ことに、本願発明の特許請求の範囲において、「昆布片を交錯せしめて………貼着し」とされているのは、材料である昆布片より大きい大きさの方形版状体を得るための技術手段として特に要求されているものであり、また、「方形版状体をその上面より……削ること」も、任意の大きさの方形版状体の広さとほぼ同一の大きさをもつ大版の平版状おぼろ昆布を製造するための技術手段として必要だからであつて、いずれも右基本的技術思想を具現する必須の構成要件であるというに十分である。

(二)  これに対し、引用例の特許公報である前示甲第三号証によつて引用例についてみると、引用例においては、「無害の接着剤を用いて多数の昆布板をきわめて容易に接着固定しもつて在来の手削製造法に比し大量生産をなし良質廉価な削昆布を得」ることを目的とするものであり、その発明の詳細なる説明の項も、接着剤および接着方法における技術の考案を主眼として記載され、さらに、その実施例および図面には、材料昆布として帯状昆布を一二、三枚重合し一体に貼着する旨掲げられているにとどまり、したがつて、これらに掲げられた限りでは、帯状昆布は、いきおいその長さ方向に一枚の上に他をそのままに重合貼着されるものと解するのが自然であること、そして、以上の記載を受け、その集約として特許請求の範囲の項に及び、「本文所載の目的において本文に詳記し別紙図面に示すごとく」とし前示認定の引用例の発明の要旨と同一の記載がされるにいたつていることが認められる。右のとおりであつて、引用例においては、材料である昆布の大きさより大きい昆布板ないし版状体を形成するとの思想は、少しも示されてなく、昆布を「適宜枚数重合し………接着固定したる後」これを「適当の大きさに截断した昆布板」についても、截断により当初のものより小さくこそなれ、大きくなることのないことはいうまでもなく、右の「適宜」または「適当」の語も、材料である昆布の枚数または截断する場合の大きさについてのものと解されるから、引用例は、この点において本願発明と著しく相違するばかりでなく、さらに、引用例においては、右の昆布板を削つて作られる削昆布の大きさおよび形状については、まつたく言及されてなく、単に、「截断した昆布板の側面を削成して製品を得る」と記載されているにとどまるから、結局、引用例には、材料である昆布片より大きい昆布の方形版状体を形成しその方形版状体とほぼ同一の大きさの平版状おぼろ昆布を削成するとの本願発明における技術思想は、開示されていないものといわなければならない。

(三)  したがつて、本願発明には、(一)の項冒頭に記載した点において引用例と一致するところがあるとしても、それは、きわめて概括的表面的な点にとどまるところ、本願発明は、前示の基本的技術思想において引用例に存しないものをその主眼として有し、この点において引用例と著しく相違し、他に一致点が認められないばかりでなく、工業的な大量生産方式をもつて同一規格の製品を確実に生産することができ、削り残りの屑昆布も少く、断片雑片の利用もでき、経済的な生産が可能となり廉価に製品を供給しえ、製品は各昆布片表皮部の濃厚な色彩と芯部の淡白な色彩とによつて生ずる特異な模様色調を構成せしめえて美麗さを現わし、大版になることと相まつてその単片を握り飯またはすし等の被覆用に供しえられ、新しい用途に供することができる等の特別な効果をも備えていることが前示甲第一号証により推認できるので、本願発明をもつて、引用例に対比し新規性を欠くものと断ずることができないことは明らかであるばかりでなく、引用例から当業者において容易に推考できるものとすることもできないといわなければならない。

なお、被告が原告の主張に対し種々反論する点は、以上に直接判断されたもののほか、前示認定にそわないものであるから、採用できない。

三  右のとおりである以上、前示のとおりの引用例をもつて本願発明を新規な考案を構成せず登録すべきものでないとした本件審決は、審理を尽さず理由不備の違法があり取消を免れないから、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条民事訴訟法第八九条を適用し、よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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